平成21年7月18日
退院してから結構立ちましたが、左手はあんまり動かない状態です。弟自身も左手が動かないのでずっと同じ体制で固まったままなんです。
左腕も使ってないので肩が上まで上がらないといいます。
使わないとだめというのはわかっているらしいのですが、手が動かないのでやる気がないらしい。
だからリハビリが重要だというのですよ。
弟は社会人バンドもやっていて、ギターもかなりうまく、ドラムもやっていたのですが、もう手が動かないので辞めたという感じです。
次の休みはサイレントドラム(電子ドラム)と、レフティーギターを見に行こうと思っています。
逆の手で練習するのはかなり精神的にも辛いと思いますが、動かさないと一生動かないのでうまくやる方向に向かせたいと思っています。
平成21年8月18日
傷口が化膿して何度も病院で処置を受けているようです。
後もう少し(今年中には可能か?)で仕事復帰だそうです。
脳の出血や血腫は4~5年で再発の可能性が高い病気なので通院は欠かせないようです。
MRIやCT結構しますからね。
弟は保険会社の系列会社で働いているので医療保険に入っています。
(私は死亡保険入ってます。)
保険金も100万円以上入ったらしいです。130万ぐらい?
それに加え、重病なので死亡時にもらえるお金を先払いで合計300万ぐらいもらえたらしい。
(死亡時にもらえる金額は減り、病気のため他の保険会社の保険に入れなくなってしまいます。)
入院費は高額医療の制度をつかったとはいえ、介護のための駐車場代、交通費も10万ぐらいかかったしそのほかもあわせれば3~4ヶ月で病院には100万ぐらいつかった感じがします。
でもたったそれぐらいの金額で最先端の医療を受けれたというのは日本のいいところですね。
病気というのは難しいもので、
なってしまった状態なら「かわいそう」、
死んでしまったら周囲もかわいそうだ言うが、
治ったりして、社会復帰すると、後遺症があるにせよ
なんで普通どおりできないんだとか、
そういうところばかり突っ込まれることになる。
大きい病気を患った人に対しては社会は厳しいですが、頑張るしか道は開けません。
だがそれには大きな障害が・・・
ただ後にわかることで、この経験は精神に大きなダメージを与え、PTSDとして残っています。
「頭痛を紛らわせるために
クッキーを1時間に1つ食べる
それだけを毎日続けた」
という弟の後1年後ぐらいに書いたツイッターのログを見て思いました。
生きていながらにして相当な苦痛を強いられたのだと思います。
PTSDにならないほうがおかしい。
なって当然だと思います。
平成21年9月13日
家でだらだらしてます。最近よく食べ物を落とすけど左手で箸を持つようになってます。
仕事復帰はまだです。歩くのが遅いし、階段もゆっくりしか歩けないから電車通勤が難しそう。
平成21年10月21日
病気になってから初めて弟が友達と大勢で飲みに行ったらしい。
弟はビール1杯限定で、母親が弟の友人にも言い聞かせてました。
リハビリのために電子ドラム買ったんですが、あんまりやってないみたい。
一番下の弟が練習してます。
平成21年10月26日
もう安心な領域に入りました。もう日記に書くことはないかな。
左手で新聞をノートに書き写したりしてるみたい。
後はいつ仕事に復帰できるかというのが重要です。
知らなかったのですが、毎月月初めは家の近くの氏神様にお参りにいくんだそう。
