ここ最近は仕事でやったやってないの議論になったり、いろいろ怪しまれたり疑われたり。ストレスで風邪引いてさらに口の中を火傷して舌炎になりました。
ポカリスエットがどんどん消費されていきます。
今働いている会社では女性の比率も多く私の熱意や仕事に対する前向きさ、情熱など他人との温度差が高い仕事場です。
頑張って仕事をして効率化や仕事の密度を上げたりしても上司はそれのことを知らないのだから認められないということで、
それも皆わかっているようでグダグダな感じです。
努力が認められない職場は「だらだらなあなあ」が正義
そういう頑張りなどが一切認められない仕事というのは、できるだけ最小限の仕事をしたほうがいいということです。
給料も「仕事を頑張る人」と、「仕事に暇つぶしにする人」が=の仕事では、絶対に仕事をしないほうが楽です。
頑張るだけ辛いだけですから。
参考サイトもひとつ。
なぜ「「暇つぶし」のために働いていると言わないのが「普通」なのか
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51335050.html
グーグルで仕事 暇つぶしという検索単語でしらべると、結構色々でてきます。
仕事 暇つぶし
だが問題は、仕事をしないでもいい環境(売り上げの高く利益率もよい、さらに会社の利益が安定している)の場でしかうまくいかないことで、
中小企業など「人の3倍も10倍も働かなければ会社がやっていけない」職場ではそういう問題は起こりにくいでしょう。
やっぱりダラダラしたい人はそういうところを選んで働くわけですから。
私も「あるていど安定している」という理由で今の仕事を決めたわけですから、ほとぼりがさめるまで今の状況を耐えしのぐしかありません。
努力が認められる職場、お金になって返ってくる職場が人気がある
仕事というのは認められなければやる意味がないので、認められない環境というのはただのアルバイトや派遣と同じです。
正社員で仕事をするというのは、責任を持ちどんどん手を広げていって自分一個人がだせる売り上げを上げていくこと、と私は思っているからです。
熱意がない人の職場には信頼がない。責任がない。
そういう考え方の上司がいると、責任感がない人を育てることになっているのは事実です。
働き蟻の中に怠け者の蟻が必ずいる。その怠け者の蟻をとっても働き蟻の中からまた怠け者の蟻がでてくるという
実験結果があります。ただ、熱意に関しての問題で言えば、怠け者が悪いということではありません。
弱いものが駆逐される社会というのは動物社会にもあるようで、
よく虎の群れには強い1匹の雄に雌や子供がついてきてひとつの群れをなしています。戦いに負けた弱い雄は入れずに一匹狼になってすごさなければならない
ただ人間の場合は強さの方向性が変わってしまっていて、のけ者社会といっても正しいと思います。
(体力があったとしてもただの力は犯罪になってしまう。そんなことよりもグループなどが大事になる)
大衆というのは自分より劣っている人や、やりこめてストレスを発散できる人を探す方向性があります
大衆の定義とは、大勢の人々という意味で、人を統計的に見た状態の事です。
人間にはそういう傾向があるということです。
自分より低い人を見つけて自分が安心するという精神状態が、今の日本には必要なのでしょう。
ちくりとか他人によってエラーを誘発される職場ってやる気がなくなるよね
昔の日本や中国、北朝鮮には隣組という制度があって、人の悪口、国の悪口、密輸をしたりすると、隣の家に住んでいる人や友達と思っているひとが
通報して、言った人に裁きが下るという昔からの「社会的、グループ的に間違った考えを持った人の裁き方」というのがあります。
報告したり密告するすなわち「ちくり」は大衆的に見ると悪いことをせず、上の言ったことが通用する指示する人にとっては満足のいく状態になるかもしれません。
ですが、「誰もが信じられなくなる社会」になります。
それが会社の中で起こるというのはなんとバカなことだろうと思わないでしょうか?
歴史的に見てもそういうのは崩壊するのが常です。
水は低きに流れるということわざがあるとおり、みんな楽したいのです。
考え方の底をどうやって引き上げられるか、熱意を失わないためにはどうしたらいいか?など考えられ解決策を実行できる30代になりたいです。
まあこんなことを考えられるというのも、楽な仕事だからという理由があるんですがね。
仕事は暇つぶし?仕事の熱意についてのコラム。終わり。
